2017年08月15日

柏尾通り大山道 その2 04

そんなわけで、新道と合流する名前のない交差点へ、車道が無理矢理直角に曲げられている角が藤沢道の追分。
ここには、車両通行止めになっているものの、車道が直角に曲げられる前の、真っ直ぐ延びる旧県道が残っています。
旧県道≒大山道と思っているので、このまま真っ直ぐ進んでバイパスと合流するんだな〜と思っていたら、旧道は名前のない交差点を横目に、枡形のようにすぐ右折。o1700815.jpg

2017年08月11日

柏尾通り大山道 その2 03

旧長後街道は、名前のない交差点で、新道である県道22号「長後街道」と合流します。
交差点の角にあるGSモービルの塀の上に石仏が!
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ずいぶん変わったところに置かれているけど、こんな歩道のない道端にでもあったりしたら、車にぶつけられて粉々になっていたかもしれないので、この場所でヨカッタかも。
塀の上の石仏群には庚申道標が2基並んでいます。
左側から下記の通り。
・文化9年(1812)製で、右「右 ふし沢道」、左「左 かしを道」。
・安政7年(1860)製で、右「南ふち沢道」、左「西大山みち、東かしを道」。
(´-`).。oO(後日GSは閉店して石仏は長後行政センターに移されました…)

2017年03月20日

八王子通り その2 東松山〜武蔵…

昨日八王子通り大山道その2を歩きました。\(^-^)/
今回は東松山市箭弓(やきゅう)稲荷神社一の鳥居から日高市の武蔵高萩駅まで。
歩いた距離は寄り道含めて26.4km、8時間の旅。
歩数は33,961歩。
地図で計測すると18.1kmだったのに、ずいぶん寄り道したね〜。(^-^;

今回のルートは消滅してしまったところが何カ所かあります。
土地改良で一面の田んぼとなったところ、川の改修で河原が公園になったところ、住宅地になったところ、などなど。
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(東松山市下野本)

今回は大山灯籠が街道沿いに2基、寄り道して1基ありました。
道標はいくつかありましたが、八王子の地名は出てくるものの、大山の地名はまだ出てきません。
高坂宿に大きめの八王子道道標があるんですが、原位置から移動させられていたのでビックリしました。
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(東松山市高坂)

東松山市から坂戸市・鶴ヶ島市・日高市を歩きましたが、坂戸市・鶴ヶ島市・日高市は初めて訪れた地。
往時は坂戸市に坂戸宿、日高市に高萩宿がありました。
もう宿場の面影はありませんが、わずかだけど古い建物や蔵が残っています。
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(坂戸市三光町)

さて、今回は街道歩きでは珍しく、友人とすれ違うという、めったにないイベントがあって楽しめました。
八王子通り大山道は東松山からは日光千人同心街道を南下しているんですが、その千人同心街道を日光に向かって北上している☆丸さんと会いました。
当日に☆丸さんが千人同心街道の3日目を歩くのは知っていましたが、どこですれ違うのかドキドキハラハラ。
3年前、中山道下諏訪宿と木曽路をむすぶ「初期中山道」を歩いた時に、初対面のにゃおすけさんと出会いましたが、なかなかないことなので楽しめました。
☆丸さんは北坂戸駅をスタートして、おらと高坂宿ですれ違った後、秩父鉄道行田市駅まで歩いたそうです。o170320d.jpg
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2017年01月22日

八王子通り その1 熊谷〜東松山

おらの街道ブログでは「1日中、山道。」「日光街道ヘロヘロ旅」の2つのブログが歩いた時の報告をしていました。
当ブログでは「街道てくてくMANIAX」の一部だったので、今まで歩いた時の報告をしていなかったけど、ブログを新設したことだし、これから同じように歩いたら報告することにします。(^-^;

ということで、昨日八王子通り大山道その1を歩きました。
中山道熊谷宿から甲州道中八王子宿を通り大山へ向かう街道です。
実は9年前の2008年に八王子〜伊勢原を4回に分けて歩いています。
当時はまだ中山道を歩く前で、熊谷宿がものスゴ〜く遠くに感じたんです。
しかし、八王子通りは熊谷起点と、ずっと気にしていました。
中山道を踏破した今、身近な存在となった熊谷宿からいよいよ出発!

今回は熊谷宿鎌倉町交差点から松山宿箭弓(やきゅう)稲荷神社一の鳥居まで。
歩いた距離は寄り道含めて21.8km、7時間15分の旅。
歩数は27,945歩。
地図で計測すると14.4kmだったのに、ずいぶん寄り道したね〜。(^-^;

中山道熊谷宿の熊谷市道路元標がある鎌倉町交差点をスタート。
今回のルートはおおむね国道407号と埼玉県道66号で味気ない歩道歩きが続きますが、所々に蛇行していた旧道跡があるので思いのほか楽しく歩けました。
おらは熊谷から八王子へと南下して歩いているけど、一般的には八王子から北上して「日光千人同心街道」として歩く旅人の方が多いです。
東松山の松山宿で日光千人同心街道と合流します。
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(右に旧道)
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(左に旧道)

東松山市北部は初めて訪れる場所であまり寄り道する所はないだろうと思いきや、比企丘陵は住みやすかったのか?古墳が点在しています。
珍しいので3カ所も立ち寄ってしまいました。(^-^;
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(楓山古墳で前方後円墳らしい)

道中で事件が発生!
スマホとモバイルバッテリーをつなぐケーブルを落としてしまってさあ大変!
もうツイートしながら歩けないな〜と思ってスマホの電源を切って少し歩いたら、セブンがあったので寄ってみると、何と!ケーブルを売っている!
迷わず買ったものの、自宅に短めのケーブルが2本もあるので、予備で持って来ておけばヨカッタのに。
教訓になりました。(^-^;

終点は昨年「松山稲荷道」以来1年ぶりの箭弓稲荷神社。
東松山名物の豚肉の焼き鳥で完歩いして旅の終了です。o170122d.jpg
(ひびき東松山駅前本店で完歩い)
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2017年01月06日

柏尾通り大山道 その2 02

歩道のない旧長後街道を進むと緩やかな下り坂。
やっと歩道ができたと思ったら左に旧道。
開削された坂を下ると視界が開けて、正面に田んぼが広がっています。
苔で緑色になった双体道祖神が田んぼを見守っています。
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旧道は土地改良で道が付け替えられたようで、クランクになっています。
引地川を渡ると旧長後街道で左折。
旧長後街道は右にカーブしながら河岸丘を上ります。
この道は旧県道なわけだけど、見通しが悪いわりに車の交通量が多いのでおっかない。
ようやく歩道らしきものができて、ガードレールの内側を歩いていると、何と!電柱がド〜ンと通せんぼ。
仕方がないので、ガードレールを跨いで車道に出る。
電柱に優しい道じゃなくて、歩行者に優しい道造りをしてくれっ!(`ヘ´)

2017年01月05日

柏尾通り大山道 その2 01

8:05仙元塚のある長後駅入口交差点を出発。
歩道のない旧長後街道を進むと長後行政センター。
道標や石仏が置いてあるというので立ち寄ってみたけど、う〜む、見当たりません。
あきらめて旧道に戻ると敷地の外側左手に石仏群…ガクッ。
たくさん並んでいる石仏に混じって、道標が3基あります。
道路側から下記の通り。
・享和元年(1801)製の出羽三山供養道標で、「八王子道・ほしのや道・大山道」。
・造立年不明の庚申道標で、右「左ふじ沢道」、左「大山みち」。
・安永5年(1776)製の大山道道標で、正面「右大山道」、左「左ふじ沢みち」。
出羽三山供養道標は仙元塚の辻、庚申道標・大山道道標は長後の辻にあったものです。
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※長後行政センターの道標は、その後2基増えて、現在5基あります。

2017年01月04日

柏尾通り大山道 その2 はじめに

柏尾通りの2日目。
前回初日の戸塚→長後は地元なので、つい詳しく書いてしまったけど、今回はもう少し軽くしたい(笑)。
今回のルートは、藤沢市・海老名市・厚木市など、地元ではないけど車でよく通る馴染みの地域です。
いざ歩いてみると、新しい発見がたくさんあって、楽しい。
道標も多いので気が抜けません。

歩行日:2005年 6月18日

2016年08月08日

柏尾通り大山道 その1 おしまい

長後天満宮のもう1つの文化財は貞享3年石造狛犬一対です。
参道入口に新しめの狛犬があり、拝殿前に古そうな狛犬があるのでパチリ。
帰宅して確認すると、ありゃ〜、大正14年(1925)製…。
そうか!指定文化財になるくらいなので、拝殿じゃなくて本殿の前だ!
後日再訪して本殿の塀を覗くと小っちゃい狛犬が!
YATTA!とパチリ。
しかし、ネットで調べると、本殿前の狛犬も昭和8年(1933)製で、もっと新しい…。(>_<)
う〜む、最近は神社仏閣の文化財が盗難に遭うような物騒な世の中なので、きっと普段は本殿に納められていて、例祭や年始の時にしかお披露目しないのかも。
ということで、初詣に出かけたところ、思惑通り本殿の扉が放たれ、貞享3年(1686)製の狛犬を拝むことができました。\(^-^)/
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長後天満宮は一期一会のつもりが、3回も訪れてしまいました。
近場でヨカッタ。

柏尾通り大山道 その1の所要時間 5時間00分(休憩除いた正味時間 4時間15分)
万歩計Rの歩数 19,952歩
喜多さんの歩数 18,022歩

2016年06月25日

柏尾通り大山道 その1 47

長後天満宮には2件の市指定文化財があります。
その1つは寛永19年石燈籠。
寛永19年石燈籠
江戸時代になると長後は上下二分され、下長後が旗本朝岡氏の知行となりました。
石燈籠は朝岡丑之助が寛永19年(1642)に奉納したものです。

2016年06月06日

柏尾通り大山道 その1 46

この機会じゃないとなかなか訪れないだろうと思い、ちょっと遠いけど、これから長後天満宮にお参り。
今歩いて来た道の1つ手前の路地を入って住宅地を進んでいたら、思いのほか道が入り組んでいて迷子…。
なかなかたどり着かないので、犬の散歩のおばさんに尋ねてやっと到着です。(^-^;
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長後天満宮の由緒によると、永久3年(1115)渋谷重国の祖父秩父基家がこの地に築城&城内に廟を建立して、菅原道真公を崇祀して天満宮と称したとあります。
へぇ、長後天満宮って渋谷城跡ってことなんだね。(◎o◎)