2015年09月09日

柏尾通り大山道 その1 28

和泉小学校入口交差点を渡り、次の十字路を右折してちょっと寄り道。
坂を上ると十字路にバス停「富士塚」。
正面のモーテルいづみ屋に、明治時代に築かれた富士塚がありました。
今日は大山の稜線が何とか分かる程度だけど、冬晴れの日や夕方には大山・富士山・箱根がよく見えます。
富士山がクッキリと見えるところに富士塚があったんだね〜。

そして、横根稲荷神社。
境内に巴御前が信濃に落ちて行く途中で利用したという感念井戸があります。
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満開の桜を愛でながら10分休憩。

※モーテルいづみは廃業して、現在は住宅地になっています。

2015年09月06日

柏尾通り大山道 その1 27

和泉小学校入口交差点右手、金子家の角に庚申道標。
文化6年(1809)製で、右面に「東 かしを/南 ふじ沢 道」、左面に「西 大山道/北 八王子道」と刻まれています。
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交差点左手も金子家だけど、こちらは往時大山詣の客を相手に茶屋を営んでいました。

交差点を横切る県道402号阿久和鎌倉線は愛称が「かまくらみち」となっているけど、あまり共感できません。
まぁ、道が南北に走っているので鎌倉道に間違いないだろうけど、本道ではありません。
本道の鎌倉道上道はこれから向かう境川の左岸にあり、その手前(東側)に鎌倉道のバイパスがあり、県道402号はこのバイパスのさらに東を走る2本目の支道です。
しかし、「かまくらみち」と愛称になっているばっかりに、多くの人には県道402号が鎌倉道の本道と思われているんだろうね〜。

2015年02月20日

柏尾通り大山道 その1 26

雑木林を抜けると、視界が開けてうっすらと大山が見えます。
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旧道は車一台やっと通れるくらいの細い道で、人が歩けば車は通れず、車が通れば人は歩けません。
生活道路としては不便な道だけど、この風景って昔から変わっていないんだろうね〜。
しかし、いずれ歩道付きの2車線道路になる予定です。(>_<)

※道路は改修されて現在は2車線道路になっています。

2015年02月11日

柏尾通り大山道 その1 25

広めの車道に合流する前に、左から小径が合流してきます。
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この小径がさっき西が岡二丁目交差点付近で女坂と分かれたものの、コッソリとヨリを戻した男坂。
こちらも女坂と同じように、国際親善総合病院の裏手の崖からいきなり復活します。
しかし、残された道もほとんど畑のあぜ道と化して、昔大山参りで賑わっていた街道とは思えない状況。(>_<)

2015年02月10日

柏尾通り大山道 その1 24

気を取り直して先を進むと広めの車道に合流します。
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「広め」といっても、拡幅工事が休止中で、道幅がすぐ狭くなって旧道らしい雰囲気。
しかし、旧道によくありがちな、抜け道になっています。
交通量は少ないけど、猛スピードで車が走っているので、コワいよ。(>_<)

2015年02月09日

柏尾通り大山道 その1 23

『泉区古道散策マップ』によると、この付近にむじな塚があるそうだけど、どこなのか?分かりません。
10分ほど付近を探したけど、塚らしいものは見当たりません。(>_<)
後日泉区に問い合わせると、むじな塚があった場所には介護施設が建って、もうなくなったそうです。
行ってみると、介護施設は建ったばかりでピカピカ。
ああ、2〜3年前だったら塚が残っていたんだろうね。
残念。
その代わり、施設の入口に、むじな塚の上に立っていたと思われる宝篋印塔が置かれています。
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2015年01月30日

柏尾通り大山道 その1 22

国際親善総合病院を横目に西が岡1丁目西側交差点を左折。
のどかな里山を宅地造成で無理やり平地にしたので、帳尻合わせ的な急坂を“登”ります。
突き当たりの道が復活した女坂で、右折して進むことになります。
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右折する前に、国際親善総合病院の4〜5Fに相当する、左手の復活した旧道に立ってみると、景色がイイ。
物スゴい宅地造成だったんだね〜。
高台になった分、冬晴れの日には大山や富士山が見えます。
これで女坂なので、もっと急な男坂は歩きたくないね〜。(^-^;

2014年10月13日

柏尾通り大山道 その1 21

桂坂公園で消滅した女坂は、西が岡一丁目交差点から弧を描くように左折。
県道218号の車道から外れて、右手のGS(九州石油)やマンションの敷地を通っていました。
しかし、ターミネーターのように建物をぶち壊してまで進めないので、左側の歩道を歩きます。

ゲオ屋の前に2つめの地神道標。
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慶応2年(1866)製で、右面に「この方 かしを道」、左面に「此方 大山道」と刻まれています。
元は手前で左折した西が岡一丁目交差点付近にありました。
往時の交差点付近は追分で、文教堂のあるマンションの右手に路地があるけど、左手の駐車場の方を突っ切ると昔の路地に通じ、さっき大山道と分かれたほしのや道に合流します。

※九州石油・文教堂は現在キグナス・KYリカーになっています。

2014年09月12日

柏尾通り大山道 その1 20

桂坂公園から旧道が消滅しているので、しばらく好き勝手に進んでもイイんだけど、できるだけ往時の道筋をトレースしたい。
まずは桂坂公園の向かいにある階段の遊歩道で西が岡二丁目交差点に出ます。
この辺りが真っ直ぐ進んで急坂の男坂と、右手に迂回して緩やかな坂の女坂の追分。
さっきの地神道標はこの追分付近にあったものなので、今もこの場所にあれば「上り下り」の意味が分かるのにね〜。
西が岡二丁目交差点を右折して女坂を進みます。

石仏好きな方は、桂坂公園の近くにある中川地区センターへGO!
駐車場の一角に、周辺から集められた石仏が置かれています。
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ちなみに、中川地区センターの「中川」は、明治22年(1889)岡津村とその近隣の上矢部村・阿久和村などが合併してできた村。
村の中央を阿久和川が流れているので、中川村となりました。

2014年09月09日

柏尾通り大山道 その1 19

桂坂公園の「桂坂」の由来碑によると、この辺りは大山道が長い坂道に差しかかるところ。
地区のシンボル・ツリーとして街路樹に桂の木を植えたので、この地区を「桂坂」と呼ぶことにしたんだって。
えー!そんな安易ことで地名が決まっちゃうのぉ?(◎o◎)
そんなことなら、おらの住んでいる地区は、おらの大好きなバオバブの木を植えてもらって、地名を「バオバブが丘」とかにしてほしいな〜。
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ちなみに、西田谷の「西田」は、往時の中心地:岡津村から見て西にある田んぼ。