2016年03月07日

柏尾通り大山道 その1 40

下流の高鎌(こうけん)橋で境川を渡ります。
長後街道が開通した大正3年(1914)に架けられました。
藤沢市側の「高座郡」と横浜市泉区側の「鎌倉郡」に架かるので、高鎌橋。
境川右岸の舗装道路は県道451号藤沢大和自転車道線。
通称「境川自転車道」で、多くの自転車が行き交います。
正面のこんもりとした杜は諏訪神社。
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古墳みたい。
田んぼの中の農道…ってゆーか、旧道を進み、長後街道を目指します。

2016年02月07日

柏尾通り大山道 その1 39

旧道に戻るとすぐに二又に分かれ、左が大山道で右が鎌倉道上道。
主要道の追分なのにひっそりとしています。
さっき寄った三柱神社の道標がこの場所にあったそうだけど、あんなに遠くの三柱神社じゃなくて、もっと近い無量寺に置けばヨカッタのに。
テクノモール屋を右手に見て、農道化した旧道を進むと境川。
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今は何もないけど、往時は千束橋が架かっていました。

2016年01月15日

柏尾通り大山道 その1 38

上飯田団地入口交差点を過ぎると右に旧道。
すぐある路地を入ると、20mもある名木古木のイチョウが立派な無量寺があります。
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本堂の横には名号碑とコンクリートで固められた元徳年間(1329〜30)製の板碑が並んでいます。
名号碑の台座が道標を兼ねていて、横書きで「大山道」と刻まれているそうだけど、線が浅すぎて読めません。

2015年12月04日

柏尾通り大山道 その1 37

10分ほどの寄り道で旧道に戻り、坂道を下ります。
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さっき放置自転車の保管場所付近がごいん場だったけど、この坂道もごいん場。
こんなに何カ所もごいん場があるというのに、何をする場所なのか?分からないなんて、謎。
坂を下ると、冬晴れの日には正面に富士山が見えるんだけど、この季節は無理…。

突き当たりを右折。
何気ないこの道が鎌倉道上道(かみつみち)の本道!
源頼朝も通った鎌倉道上道!
これぞホントの「かまくらみち」なんだけど、標識も案内板もありません。
知っている人がどのくらいいるのかな〜?
今度は北上して上飯田団地入口交差点で県道22号「長後街道」を横断します。

2015年12月03日

柏尾通り大山道 その1 36

丁字路を左折して寄り道。
南仲通りを進むと桜満開の三柱(みはしら)神社。
境内に庚申道標が置かれています。
庚申道標
文久元年(1861)製で、右面に「此方かしを道」、左面に「此方大山道」と刻まれています。
また、さっきの神明社のように、当社にも蚕霊供養塔が置かれています。

2015年10月23日

柏尾通り大山道 その1 35

旧道に入ると車の喧噪から離れて静か〜。
トイレのあるけやき公園を横目に十字路を過ぎると、車1台ゆったり停められるほどの空き地に庚申塔がポツン。
大事にされているね〜。
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2015年10月16日

柏尾通り大山道 その1 34

35分の昼食休憩で13:15スタート。
GS(シェル)の横に庚申塔が大事に置かれています。
上り坂を進むと和泉坂上交差点で環状4号を横断。
写真を撮り忘れちゃったけど、この南北に走る環状4号は鎌倉道上道たつ道。
往時のバイパスで、元弘3年[正慶2年](1333)新田義貞が鎌倉攻めの時に通ったらしい。
以前は車がやっとすれ違えるほどの細い道だったのに、今やなくてはならない幹線道路で立派になりました。
さっきの県道402号より、この環状4号の方が「かまくらみち」に相応しい。
愛称を変更しようよ!
で、和泉坂上交差点を過ぎると左に旧道。
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2015年10月15日

柏尾通り大山道 その1 33

県道22号「長後街道」の和泉橋を渡って、ほんの少しだけ残っている旧道を進みます。
長屋「サンパティーク」を左折して長後街道に合流。
12:40ちょうどラーメン店:YABU茶屋があるのでここで昼食。
特に名物がないので、横浜湘南地方のご当地グルメ:サンマーメンをいただきます。
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喜多さんはワンタンメン。

2015年10月12日

柏尾通り大山道 その1 32

蛇行跡を進んで泉区総合庁舎前交差点を渡ります。
以前は県道22号を斜めに横切っていたけど、平成8年(1996)に完成した泉区総合庁舎建設のために、残念ながら大山道は消滅!
舗道の一部になってしまいました。(T-T)
ここはおらが旧道に目覚めた場所なので、記念碑を建てたいっ!(^-^;
旧道が残っていた頃は、県道より人ひとり分低い位置で、和泉川に神田(かみだ)橋が架かっていました。
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2015年09月21日

柏尾通り大山道 その1 31

泉区総合庁舎東側交差点から南下する路地に石仏群。
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まずは蚕御霊(かいこごりょう)神塔。
明治11年(1878)製の蚕霊(さんれい)供養塔で市登録地域有形民俗文化財となっています。
この地域は明治時代に養蚕が盛んでした。
慶応2年(1866)霜害のために桑が枯れ、蚕を育てられなくなり、蚕を地中に埋めたことが刻まれています。
大事なお蚕さまが生き埋めに!(>_<)
この供養塔は道標を兼ねていて、左面に「☞大山道」と刻まれています。
その隣が万延元年(1860)製の庚申道標。
左面に「右 大山道/左 藤澤道」と刻まれています。
石仏群の前を通る路地が藤沢道だけど、藤沢までの道筋はよく分からない。

石仏群の後ろに神明社。
狛犬もいない小っちゃい神社だけど、泉小次郎伝承地で市登録地域史跡。
泉小次郎親衡(ちかひら)の館の鬼門よけらしい。
そして、社の横にある路地は、長後街道の旧道である戸塚道の追分。