2014年07月24日

柏尾通り大山道 その1 11

西林寺の境内には出羽三山供養道標が置かれていて、右面に「東 かまくら/ぐめうじ/江戸 道」、
左面に「西 阿つき/ほしのや/八王子 道」と刻まれています。
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ぐめうじ道&ほしのや道は坂東三十三箇所の巡礼道で、第14番の弘明寺(ぐみょうじ)と第8番の星谷寺(しょうこくじ〜星の谷観音)を結んでいます。
この巡礼道は柏尾通り大山道と重なっていて、柏尾追分からこの先の不動橋まで同じ道のり。

※道標の「ぐめうじ」「阿つき」は弘明寺・厚木です。

2014年07月18日

柏尾通り大山道 その1 10

ここでまた寄り道。
白百合団地入口交差点を左折すると西林寺(さいりんじ)。
長禄4年(1460)年の開創で、樹齢160年というシダレザクラが市の古木名木に指定されています。
ソメイヨシノは満開だけど、枝垂れ桜は開花が早いみたいで、残念ながら、だいぶ散っています。(>_<)
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2014年07月11日

柏尾通り大山道 その1 09

三嶋神社の前の道を右に下ると、さっきの岡津電話局前交差点から右に延びる道にぶつかります。
はす向かいの山の斜面に稲荷神社。
境内に庚申道標が置かれています。
庚申道標@稲荷神社
寛政8年(1796)製で、右面に「大山道」と刻まれています。
ここには将来市道中田さちが丘線が通るので、神社や道標はどうなっちゃうんだろう?

稲荷神社→三嶋神社→鷹匠町橋と戻って、新鷹匠町橋を渡る前に隣のファミマ茶屋で飲み物を購入。
旧阿久和川の河道はファミマ茶屋の裏にあり、現在は埋め立てられ、家庭菜園になっています。
旧道は阿久和川の土手道なので、ファミマ茶屋の店内も歩いておかなくちゃ(笑)。

※ファミリーマートは廃業して現在はラーメン店になっています。

2014年07月04日

柏尾通り大山道 その1 08

三嶋神社の参道は大山道から真っ直ぐ延びていました。
しかし、今は岡津小学校の校庭で塞がれています。
石仏群を横目に迂回すると、山の斜面に三嶋神社。
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天文5年(1536)の創建で、境内のツガが市の古木名木に指定されています。
この三嶋神社や岡津小・岡津中一帯は、彦坂元正の岡津陣屋跡。
広〜い。
元正は江戸時代初期の代官頭で、伊奈忠次・大久保長安と共に交通行政に参画し、戸塚宿の設置に尽力しました。
ちなみに、元正の妻の実家は戸塚宿の本陣を務めた澤辺家。

2014年07月03日

柏尾通り大山道 その1 07

三嶋神社の参道には2本の橋が架かっています。
阿久和川に新鷹匠町橋、支流の子易(こやす)川には鷹匠町橋。
現在この2つの橋の下流に阿久和川と子易川の合流点があるけど、往時は“旧”鷹匠町橋の上流に合流点がありました。
そんなわけで、最近まで“旧”鷹匠町橋の下に阿久和川が流れていました。
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改修によって河道が付け替えられ、昭和63年(1988)新しい阿久和川に新鷹匠町橋が架けられました。

2014年06月27日

柏尾通り大山道 その1 06

阿久和川遊歩道の舗装が石畳からアスファルトに変わり、いよいよ県道401号の歩道のない箇所に合流!
怖いよ〜。
泉区となり、岡津町交差点から歩道があるのでホッ。
その次の岡津電話局前交差点を右に進むと道標があるけど、さらにその次の岡津小学校交差点に社号標が建つ三嶋神社に寄り道するので、その時に見学します。
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2014年06月13日

柏尾通り大山道 その1 05

往時の大山道は、富士橋を渡るとおおむね阿久和川に沿っていました。
今は県道401号瀬谷柏尾線が真っ直ぐ延びているけど、この県道は新道。
蛇行していた阿久和川は近年改修され、流れが真っ直ぐとなり、土手の旧道は消滅…と思ったら、上矢部北交差点のビルの脇に小径があるので行ってみると、川沿いに遊歩道が!
おお!今まで知らなかった!
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県道401号は交通量が多い割には歩道が途中でなくなるので憂鬱だったけど、花を愛でながら歩ける遊歩道があってヨカッタ。
県道も遊歩道も、どちらもしばらく旧道の道筋をトレースしていないので、どうせ歩くなら遊歩道でしょ。\(^-^)/
しかも、遊歩道には、阿久和川が蛇行していた頃の道筋が一部残っているし。

2014年04月12日

柏尾通り大山道 その1 04

大山跨線橋北側交差点で県道401号に合流すると阿久和川に架かる富士橋。
案内板によると、ある年の洪水で橋が流され、甲斐国の猿橋の古材で修復したとあります。
恩義に感じて橋名を猿橋としたけど、いつしか富士橋と呼ばれるようになったそうです。
さっきの不動堂の前にあった橋供養塔に「名瀬矢部猿橋」と刻まれているので、
江戸時代の初めはまだ猿橋です。
しかし、富士橋の西側に小高い山があるので、ここから富士山は見えません。
何で?富士橋になったんだろう。
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柏尾追分は京に向かってY字路になっているので、戸塚宿からだと遠回り。
不便だな〜と思っていたら、歌川広重『戸塚 元町別道』でお馴染みの吉田大橋から近道があり、この富士橋で合流します。

2014年03月28日

柏尾通り大山道 その1 03

大山跨線橋をくぐって右折するとJRの線路で行き止まり。
以前は大山踏切がありました。
往時は開かずの踏切で、昭和47年(1972)踏切内で立ち往生したバスと横須賀線が衝突する事故があり、この事故を受けて昭和49年(1974)大山跨線橋が完成。
てっきり不動坂交差点から跨線橋を渡るのだと思っていたら、線路のそばに跨線橋へ上がる階段がある!
跨線橋で線路を越えたらまた階段があるので下りる。
跨線橋が踏切の代わりになっているので感激!
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渡戸橋で平戸永谷川を渡ると右に旧道。
跨線橋付近にはもう旧道は残ってないと思っていたので、さらに感激!
渡戸橋は古くからの橋で、さっきの不動堂の前にあった橋供養塔に「柏尾名瀬綿土橋」と刻まれています。

2014年03月20日

柏尾通り大山道 その1 02

柏尾追分をスタート。
意外にも民家があって旧道らしい道幅。
東海道を歩いた時は京に向かって左側を歩いていたので、不動堂を見るのは初めて。
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不動堂には不動明王が乗った大山道道標が置かれています。
正徳3年(1713)製で「是よ里 大山道」と刻まれています。
このお不動さまが乗る道標+お堂の前にある大山道道標3基を含む、計4基の道標が柏尾の大山道道標として、市登録地域史跡となっています。
残り3基の道標は、東海道側から、
・明治5年(1872)製の「従是大山道」、
・寛文10年(1670)製の橋供養塔で「従是大山路」、
・享保12年(1727)製の「右江大山道」。
道標の他にも、「雨降山」(あぶりさん〜大山の別名)と刻まれた元治2年(1865)製の常夜灯があります。